乾燥でメイクが浮く朝に。LINE REPAIR テラスキンで肌の水分バランスを整える新習慣

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ファンデのノリが変わった理由。LINE REPAIR テラスキンで角層うるおい密度ケア

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朝、カーテンを開けた瞬間に「うわ、今日は光が白い」と思った。晴れてるのに、空気だけがまだ冬のままで、洗濯物を外に出すか迷うあの感じ。

窓の隙間から入る冷たい風に、部屋着のまま小さく肩をすくめて、急いでケトルのスイッチを入れた。あったかい飲み物ができるまでの数分って、たぶん一日の中でいちばん“素”の私が出る時間だと思う。

何者にもなれてないし、何者にもなりたくないし、でも何者かにならなきゃって思ってる。

いつの間にか「選ぶこと」に疲れていた日

今日の小さな出来事は、ほんとうに小さい。帰り道、駅の改札を出たところで、いつも行かないほうの出口に吸い寄せられるみたいに歩いてしまって、気づいたら家と逆方向のバス停に立っていた。

間違えた瞬間って、恥ずかしいより先に、心がすとんと落ちる。自分の注意力のなさに呆れる、というより、「ちゃんとしてない自分」がバレたみたいで、ひとりなのに赤面する。

引き返すためにスマホを開いて地図アプリを立ち上げたら、通知がずらっと並んでいて、そこに混ざっていたのが「LINE REPAIR テラスキン」の広告だった。

クリスティーナの“HYDRA テラスキン”は、ヒアルロン酸をマイクロカプセル化して角層まで潤いを届け、乾燥で乱れたキメを整える、という説明が並ぶやつ(30mlで8,250円という数字も、やけにくっきり目に入ってくる)。

……ここで正直に言うと、私は今日は美容の話をしたいわけじゃない。肌の調子とか、何を塗ったらどうなるとか、そういう話をすると、途端に“正解”がある世界に入り込んでしまう感じがして、今の私にはちょっと重い。だから今日は、広告そのものが刺さった理由のほうを書きたい。

広告って、たまに鏡より的確に私の弱いところを見つけてくる。たとえば「乾燥によるキメの乱れ」みたいな言葉は、実際の肌より先に、私の心の生活感を指さしてくる。ちゃんと眠れてない日、ちゃんと食べられてない日、ちゃんと笑えてない日。そういう“ちゃんとできてない”が、肌という看板に出てしまう気がして、私はつい、スクロールする指が止まる。

間違えた出口で、誰にも言わなかった本音

バス停で方向を間違えたくらいで、別に人生が終わるわけじゃない。それなのに、その瞬間の私は、胸の奥が妙にざわざわしていた。理由はたぶん、最近ずっと「選べてない」からだと思う。

仕事のこと、これからのこと、部屋の更新のこと、週末の予定のこと。選ばなきゃいけないことが、毎日少しずつ積み重なって、気づいたら机の上が紙でいっぱいになってるみたいな状態。なのに、私は自信を持って選ぶのが苦手で、いつも“いちばん無難そうなもの”を選んでしまう。間違えないように、失敗しないように。そうやって積み重ねた無難が、気づくと私を疲れさせる。

そして今日、出口を間違えた。たぶん、体が勝手に“いつもの”を選んだんだと思う。足が覚えてる道を歩いたつもりが、違う日常に迷い込んだみたいで、そこに広告が追い打ちをかけた。

誰にも言わなかった本音を、ここだけで白状すると——私は、最近「自分の人生を自分で選んでる」感覚が、薄い。仕事をする、家に帰る、スマホを見る、眠る。それがただ流れていく。流れに逆らわずにいると楽なはずなのに、心だけがずっと“置いていかれてる”みたいで、焦るというより、空っぽに近い感覚になる。

「わかる…」って、たぶんこういうときに言うんだと思う。ちゃんと生きてるのに、ちゃんと生きてる実感がない日ってある。

(ここから少し、いつもと違う書き方をしてみる。今日の頭の中は、時系列じゃなくて“通知順”で流れてきたから。)

【08:12】ケトルの湯気。マグカップの縁が熱くて、指先だけが現実に引き戻される。
【08:13】「今日、会議室変更です」社内チャット。こういう変更に弱い私は、朝から心が小さく波立つ。
【08:15】冷蔵庫の前で立ち止まる。卵はある。納豆もある。なのに“何を食べるか”が決められない。忙しいわけでもないのに、選ぶ元気がない。
【08:18】結局、白湯だけ飲む。胃が軽いというより、心が軽くなりたかったんだと思う。

こうやって書くと、私の一日は「決められない」の連続で、ちょっと情けない。けど、たぶん同じような朝を過ごしたことがある人は多い。

食べるものも、服も、返事の言葉も、ぜんぶ“正解”を選ばなきゃいけない気がして、何も間違えていないのに疲れる朝。

駅まで歩く道で、私はずっと“姿勢”のことを考えていた。背筋を伸ばしたほうがいい、っていう話じゃなくて、心の姿勢。誰かに見られているわけでもないのに、シャキッとしていない自分に罪悪感が湧くあの癖。

うまく言えないけど、「ぼんやりしてる私は怠けてる」みたいな、根拠のない決めつけが、私の中にずっと棲んでいる。

電車に乗ると、向かいの席の女の子が、スマホで何かを必死に比較していた。画面を指で左右に払って、同じような写真を何枚も見て、たぶん色味とか値段とかレビューとかを読んでいる。

私もやってるからわかる。あの比較って、商品を選んでいるようで、実は「自分の未来の不安」をなだめようとしてるだけのときがある。

この瞬間の私は、彼女を見て「私も同類です」と心の中で名札を下げた。別に仲間意識が欲しいわけじゃないのに、同類だとわかると少し安心してしまう。人はひとりでいるときほど、知らない誰かと勝手に連帯したがる。

だからこそ、改札を出て逆方向に歩いてしまったとき、私は“ひとり”の現実に急に落とされた気がした。誰も助けてくれないとか、そういう話じゃない。助けが必要なほどの困りごとでもない。ただ、「自分の足で間違えた」という事実が、思った以上に私の心を刺した。

“うるおい”より欲しかったものに気づく瞬間

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テラスキンの説明ページには、「肌の水分レベル維持のために開発された美容液」「水のような質感で急速に吸収され、水分量のバランスを保つ」みたいな言葉が並んでいる。


たぶん、すごく真面目に作られたものなんだろうし、欲しい人が買ったら満足できるんだと思う。実際、公式でもベストセラーだと書いてあって、人気があるのも納得できる。

でも、私の指が止まった理由は、「うるおい」が欲しいからじゃなかった。

あのとき私が欲しかったのは、たぶん“整っている感じ”だった。肌でも、部屋でも、人生でもいい。ちゃんと選べていて、ちゃんと暮らせていて、ちゃんと未来に向かっている、という体裁。そんな体裁が一瞬でも手に入るなら、8,250円はむしろ安い、みたいな危うい計算が頭の片隅で始まる。

ここが自嘲ポイントなんだけど、私は自分の心が疲れているときほど、「何かを買えば回復する」と信じたくなる。買い物が悪いわけじゃない。日用品を買って心が軽くなる瞬間もちゃんとある。でも、今日の私は、買い物を“治療”みたいに使いそうになっていた。

ほんの3分の掃除で、違和感の正体が見えた

結局、私はバスには乗らずに、来た道を戻った。方向を直すって、思ってるより体力がいる。家に着いて靴を脱いだ瞬間、部屋の静けさにほっとした反面、さっきのざわざわがまだ残っているのがわかった。

私はいつもの癖で、ベッドに座ってスマホを開き、また通知の海に潜りかけた。けど、今日はそこで一回止まれた。たぶん、出口を間違えた自分が悔しかったんだと思う。「せめてここでは間違えないでいたい」みたいな、ちいさい意地。

そこでやった小さな行動は、通知の整理。たったそれだけ。いらない宣伝通知をオフにして、登録した覚えのないメルマガを解除して、アプリのバッジを減らしていく。たった3分くらい。

すると、変なことが起きた。スマホの画面が静かになった途端、私の頭の中も静かになった。広告はまだどこかで私を待っているのに、視界から消えただけで、心の中の“選ばなきゃ”が少し弱まる。選択肢が減ると、こんなに楽なんだって、ちょっと怖くなるくらい。

今日気づいた違和感の正体は、たぶんここだった。私は「より良い私」を探すことに疲れているのに、スマホはずっと「より良い私」を提示してくる。その提示が優しそうで、現実的で、手が届きそうに見えるから、余計に厄介。

もちろん、商品が悪いとか、広告が悪いとか、そういう話にしたいわけじゃない。むしろ広告は、私の生活のどこに穴が空いているかを教えてくれるセンサーみたいだ。今日の私の穴は、“自分で選んだ実感”の不足だった。

バス停で立ち尽くして、広告に指が止まって、家に帰って通知を減らした。たったそれだけの一日なのに、私は少しだけ、生活の舵を取り戻した気がした。未来を選ぶのはまだ怖いけど、今夜の自分の画面くらいは、自分で静かにしていい。

締めに、あえて結論を大げさにしない。今日の私が手に入れたのは、たぶん“うるおい”じゃなくて、“余白”だ。情報が減って、選択肢が減って、心に少し隙間ができると、ようやく「私は何がしたいんだっけ」と聞ける。

あなたは最近、何かを買う前に、まず画面の通知を減らしてみたこと、ありますか。

明日また広告に心が揺れてもいい。出口を間違えてもいい。そのたびに、ほんの数分だけでも自分の手で方向を直せたら、それは“前進”じゃなくても、少なくとも“漂流”ではなくなる気がする。

今夜は、静かな画面のまま眠りたい。そう思えるだけで、今日は十分だった。たぶん。ね。


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