忙しい朝、声がかすれる前に。仕事中に乾かない私でいるための「日中保湿」という習慣

今朝、カーテンを少しだけ開けたら、冬の光がやけに白くて、部屋の空気が「からん」と音を立てそうなくらい軽かった。ベッドから抜け出して、湯沸かしポットのスイッチを入れて、顔を洗って、髪を結んで、バッグの中身を確認して――って、いつもの手順なのに、出勤前の時間だけは毎日だいたい足りない。
私は「丁寧な暮らし」という言葉に憧れつつも、現実はだいたい“靴下を片方探しながら歯磨きする人”で、しかも今日はマフラーを巻いた瞬間に、喉の奥がチリッと痛んだ。乾燥って、肌より先に、喉に来るタイプの人間です。
朝が忙しい日ほど、保湿は夜のスキンケアみたいに「後でやるもの」にされがちだけど、日中に乾いていくのは、見た目よりも先に、声とか気分とか、ちょっとした対人スイッチのほうだったりする。今日はその話をしたい。美容の話じゃなくて、生活の“潤い”の話。たぶん、こっちのほうが私にとっては切実。
1.乾燥は「空気が水分を奪う」んじゃなく、私の余裕を削る
駅まで小走りして、改札を抜けて、ホームで電車を待っている間、マスクを忘れたことに気づいた。
「まあ今日はいいか」と一瞬思ったのに、電車が来るまでの数分で、口の中がすぐ乾いて、唾を飲み込むたびに喉が擦れる感じがして、結局コンビニに引き返した。
時間がない朝に、いちばんやっちゃいけない行動ランキング上位。だけど、引き返した理由は“風邪予防”という立派なものじゃなくて、もっと情けない本音だった。
――午前の会議で、声がかすれて言葉が途切れたら、変に思われるのが嫌。
たぶん私、体調が悪いと思われるより、「準備不足で、自己管理ができない人」に見られるのが苦手なんだと思う。誰にも言わないけど、そういう“評価の乾燥”みたいなものに弱い。
暖房を入れると部屋が乾くのは、空気中の水分が消えるというより、温度が上がって相対湿度が下がるからだと知ってから(つまり同じ水分量でも、温度が上がると“乾いて感じる”)、「乾燥=空気にやられる」というより「乾燥=環境の数字が人の感覚を変える」って思うようになった。
そしてこの“感覚が変わる”ってところが、地味に厄介で、喉が乾くと声の出し方が浅くなるし、浅い声は気持ちまで浅くさせる。私はそこがいちばん怖い。
わかる…忙しい朝ほど、たった一つの不快感が、その日ぜんぶの機嫌を持っていくことあるよね。
2.「日中保湿」は、朝の3分で“仕込み”が決まる
今日の小さな出来事は、会議の直前に、給湯室で紙コップの白湯を作っていたこと。
本当は席でやればいいのに、あえて立ち上がって、白湯を手に持って戻る、その短い往復が、私のなかで“日中保湿のスイッチ”になっていた。誰にも褒められない、むしろサボってると思われるかもしれない行動。だけど、乾燥って、対策を始めるタイミングが遅いほど、一日じゅう取り返しがつかない。
ここでいう「日中保湿」は、何かを塗る話じゃない。
・朝、外に出る前に「喉と口の湿度」を一回上げておく
・乾燥しやすい場所(暖房の風が当たる席、窓際、コピー機の近く)を自分の中で把握しておく
・“渇きのサイン”が来た瞬間に、反射で小さく立て直せる準備をしておく
この3つ。たぶん、どれも地味。だけど、地味だからこそ、忙しい朝に勝てる。
室内の快適な湿度は一般に40〜60%程度と言われていて、40%を下回ると目やのど、鼻などの不調が出やすい、という説明を見たときに、妙に納得した。
数字って冷たいのに、数字で救われるときもある。「私が弱いんじゃなくて、湿度が低いだけ」って言い訳できるから。情けないけど、そういう逃げ道も、日中保湿には必要だと思う。
それで私は、朝の3分でやることを決めた。
1)家を出る直前、コップ半分の水分を口に含む(ガブ飲みじゃなく、口の中を一回潤す)
2)マスクを入れた小袋を、バッグの“取り出しやすいポケット”に固定する(毎回場所が変わると忘れる)
3)会社に着いたら、席に座る前に一回だけ深呼吸して、口を閉じて鼻で呼吸する
深呼吸なんて、いかにも意識高そうで恥ずかしいけど、口呼吸の時間が長いほど、喉が乾きやすいのは体感でわかる。
マスクは呼吸で内部の湿度が上がるから、乾燥しやすい時期の喉の違和感に役立つ、という説明もあった。
“マスク=人に合わせるためのもの”みたいに思っていたけど、私にとっては「自分の声を守る道具」でもあるらしい。ここ、今日のいちばんの発見。
3.乾かないために必要なのは、潤いより「タイミングの優しさ」

会議室に入る前、エレベーターで一緒になった同僚が「今日、空気乾いてない? なんか目がパリパリする」と笑いながら言った。私はその一言に、なぜか少し救われた。
乾燥って、体の不調の話なのに、どこか“弱音”のカテゴリに入れられがちで、「自分だけが気にしてる」みたいに感じることがある。だけど誰かが先に口にしてくれると、急に“共有できる現象”になる。私はその瞬間だけ、ひとりで抱えていた「今日、ちゃんと話せるかな」という緊張が、少し軽くなった。
それでも本音は、相変わらず小さい。
私が乾燥を嫌うのは、喉が痛いからでも、体調管理のためでもなくて、「声が出ない=存在感が薄くなる」感じが怖いからだ。ちょっと大げさに聞こえるかもしれないけど、会議で声がかすれると、発言の内容以前に“聞き返される”とか“待たせる”とか、余計なことが増えて、その余計さが自分の自信を削っていく。
それが嫌で、私は今日、白湯を作りに行った。ほんの数十秒の行動に、こんなに必死な理由があるなんて、たぶん誰も知らないし、私もできれば知られたくない。
会議は結局、無事に終わった。声も割れなかったし、途中で咳き込みもしなかった。
なのに、私は会議後に一人でトイレに行って、鏡の前で、ちょっとだけ肩の力が抜けた顔をしていた。たぶん「ちゃんとできた」からじゃなくて、「ちゃんと崩れずに済んだ」から。達成感じゃなく、崩壊回避の安堵っていう、地味だけど大事な感情。
ここで気づいたのは、乾燥対策って“何をするか”より、“いつするか”がすべてだということ。
水分って一日に必要量があって、食事も含めて2.5Lくらい必要、みたいな話を読むと「はいはい、理想ね」と思うのに、今日みたいに「会議の10分前に、紙コップ一杯」だけで、体と気持ちが落ち着くことがある。大きな正しさより、小さなタイミングの優しさ。私はたぶん、こっちのほうが続く。
ここからは、私なりの「日中保湿の掟」を、もう少し生活の言葉でまとめておく。掟っていうほど偉くないけど、私の中のルール。
・暖房の風が当たる場所では、肩と首を守る(首元が冷えると呼吸が浅くなって、口呼吸が増える)
・飲み物は“量”より“頻度”。喉が渇いてからじゃなく、渇きそうなタイミングに先回りする
・マスクは「人に合わせる顔」じゃなく「自分の湿度」を守る壁として使う
・湿度の数字に振り回されすぎない。でも、40%を下回ると不調が出やすいという話は覚えておく(だから自分を責めない)
・乾いたときほど、言葉を急いで出さない。急ぐほど口が乾いて、声が割れて、さらに焦るから
“乾燥してるから早く終わらせたい”みたいな、変な焦りが出る日がある。今日がまさにそれだった。
午前中の私は、やけに返信がそっけなくなりそうで、チャットの文面を送る前に二回読み直した。普段は一回で送ってしまうのに。乾燥って、指先から水分を奪うだけじゃなくて、文章からも余白を奪う気がする。短く、尖って、角度がついた言葉になりやすい。
そういう自分に気づいたとき、私は小さく笑ってしまった。乾燥対策をしてるつもりで、いちばん乾いていたのは気持ちのほうだったんだなって。
そしてもう一個、ささやかな違和感。
私、乾燥したときって、周りの言葉が刺さりやすい。相手が普通のトーンで言っただけなのに、「冷たいな」と感じたり、「急かされてる」と思ったりする。もしかしたら本当に刺さってるのは言葉じゃなくて、私の内側の余裕が乾いてるだけかもしれない。
だから日中保湿って、喉のためだけじゃなくて、受け取る力を保つためでもあるんだと思う。潤っていると、少しだけ流せる。流せると、少しだけ笑える。笑えると、一日が“全部ダメ”にならない。
午後、席に戻ってパソコンを開いたとき、画面の端にある時計が妙に早く進んでいるように見えた。忙しい日は時間が加速する。加速すると、呼吸が浅くなる。浅くなると、乾く。
だから私は、作業の切れ目ごとに、ほんの一回だけ“口を閉じる”ことにした。深呼吸じゃなくていい、ドラマチックに吸わなくていい、ただ口を閉じて鼻で一息。自分の中の湿度を逃がさない感じ。
誰にも気づかれない、小さすぎる儀式。でも、こういうのが私の生活の支えになる。
「乾燥ゼロ」なんて、たぶん無理だ。冬だし、暖房は必要だし、仕事も人間関係も、いつも理想の湿度では進まない。
それでも、“ゼロにする”より“乾かしすぎない”に目標を変えると、朝の3分が、少しだけ意味を持つ。今日、私はそれを体で覚えた。
明日の朝も、きっと時間は足りない。
それでも、あなたは“日中の乾燥”を、どのタイミングで止めてみたい? ほんの一口、ほんの一呼吸、あなたの一日に残しておきたい潤いって、どこにあるんだろう。





