スキンケアのニュースを見るたび不安になる朝に、成分より先に心が疲れていた話

スキンケアを頑張る女性
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「“肌にいい”の前に、“ちゃんと信じられる”って何?」――スキンケアのニュースを見て、成分じゃなく心がザワついた朝

スキンケアを頑張る女性

今朝、部屋の空気がやけに乾いていて、加湿器の水が空っぽのまま「ピッ…」って鳴った。
寝起きの私はそれを止めるでもなく、ぼーっと台所の蛇口をひねって、コップ半分の水を飲んだ。冷たい水が喉を通る感覚だけが、やけにリアルで、逆に“今日もちゃんと生きてる”ってことだけを雑に確かめたみたいだった。

洗面台の前で、いつものように顔を洗って、いつものように保湿をする。
だけど今日は、手が止まった。というか、止めたのは私じゃなくて、スマホの通知だった。

海外のニュースで、化粧品(スキンケアを含む)の“リコール”の扱いが、以前よりも厳しく、具体的に進んでいる、という話。
「え、化粧品って、そんなに“回収”が大ごとになる時代なの?」って、寝ぼけた頭が一気に目を覚ました。

誰にも言わなかった本音を言うと、私はその瞬間、肌のことより先に「また私たちが、うまく判断できないまま置いていかれるやつだ」と思った。
成分がどうとか、どれが安全とか以前に、“情報に追いつけない側”に自分がいる感じが、ものすごく嫌だった。


今日話題になってたスキンケア関連ニュースの要点(ざっくり、でも刺さったところ)

ざっくり言うと、アメリカでは「危険な化粧品に対して、行政が“強制的にリコールを命じられる”」という枠組みが明確になってきていて、FDA(米国の食品医薬品を管轄する機関)が、その運用についてQ&A形式のガイダンスを出している、という流れがある。

いままでの“お願いベースの回収”から、「状況によっては命令できる」へ。
これって、たぶん消費者の安全にはプラスの話なんだけど、同時に「今まで“なんとなく売られてたもの”が、実はかなりシビアに見られる時代に入ってる」っていう合図にも見えた。

それに加えて、ヨーロッパではPFAS(有機フッ素化合物)みたいな環境や健康面で懸念が議論されてきた物質を、化粧品分野でも段階的に制限していく流れが強まっている、という話も目に入った。

つまり今日私が受け取ったのは、こういう空気。
「“肌に塗るもの”は、かわいいパッケージの裏で、法律と科学とリスクの話になってきてる」っていう空気。

で、ここからが厄介で、たぶん私たちの生活に直結するのは成分名そのものじゃなくて、
“信頼”の置き場所のほうなんだと思う。


小さな出来事:ドラッグストアで、私は棚の前から動けなくなった

午前中、仕事の合間にコンビニじゃなくドラッグストアに寄った。
目的は、洗剤の詰め替え。ほんとにそれだけ。スキンケア売り場に用事なんてなかった。
なのに、なぜか足がそっちに吸い寄せられて、気づいたら私は棚の前で、無言で箱の裏を見てた。

成分表示って、いつも思うけど、字が小さい。
老眼でもないのに、生活の疲れで視力が落ちてるのか、単に心が弱ってるのか、今日は特に読めない。
読めないのに、読まなきゃいけない気がする。

そこで、今日いちばん情けなかった本音が出た。
「成分を読んで“安心”したいんじゃなくて、読んでる自分で“いたい”だけかもしれない」って。

“ちゃんと選んでます”っていう態度を、自分に向けて演じたかっただけ。
誰かに見られてるわけでもないのに、棚の前で真面目な顔をしている自分が、急に恥ずかしくなった。


「わかる…」って言ってほしい:安心って、たぶん一番高い買い物

スキンケアを頑張る女性

ここ、読者のあなたにだけ正直に言う。
私、スキンケアの話になると、肌より先に心が騒ぐタイプなんだと思う。

「これがいいらしい」
「これは危ないかも」
「規制が変わる」
「回収が起きた」
そういう断片が増えるたびに、肌の調子じゃなく、自分の判断力のなさが露呈していく感じがして、しんどい。

たぶん、同じような人いるよね。
“肌のため”って言いながら、本当は「安心できる場所」を探してるだけのとき、ある。わかる…。

規制が強くなるのは、悪いことじゃない。
むしろ、ちゃんと整備されるのはありがたい。
でも、そのニュースを見て私が先に感じたのは安心じゃなくて、
「じゃあ今までの私は、何を信じて塗ってたんだろう」っていう、ちょっとした怖さだった。


今日だけの小さな気づき:私は“肌”じゃなく“信じ方”を整えたい

ドラッグストアの棚の前で、結局、洗剤しか買わなかった。
スキンケアは何も買ってない。なのに、帰り道ずっと考えてた。

もし本当に大事なのが「危ないものを避ける」ことだけなら、私はもっと勉強すればいい。
でも今日の私が揺れたのは、知識不足というより、
“どこまで気にすればいいのか分からない疲れ”のほうだった。

だから、今日だけの小さな変化として、私は一つだけ決めた。
「全部を判断しようとしない」って。

具体的には、こういう感じ。
ニュースを見たら、すぐに“おすすめ”や“比較”に飛びつかないで、まず一次情報(行政や公式の説明)に近いところまで戻る。


今日のFDAの話も、Q&Aの形で「どういうときに強制リコールが発動しうるのか」を説明しているものが出ている、という点が大きい。

そして、環境規制の流れ(PFASみたいな話)も、善悪の感情で反射しないで、「社会全体が何を問題視し始めてるのか」だけ拾う。

――こう書くと、急に優等生っぽいけど、実際の私は全然きれいにできない。
多分また、眠い夜にSNSで“怖いまとめ”を読んで、勝手に落ち込む。
それでも今日の私は、棚の前で固まった自分を見て、「あ、私は今、“安心の買い方”を間違えてる」って気づけた。

肌を整えるみたいに、信じ方も整えたい。
急に全部は無理だから、せめて、怯えたまま塗るのはやめたい。


あなたは今日、何を信じて一日を過ごした?

夜、加湿器に水を入れ直して、部屋が少しだけ静かになった。
今日のニュースは、肌の話なのに、私に突き刺さったのは心のほうだった。

「安全」って言葉が増えるほど、逆に怖くなる日もある。
ちゃんとしようとするほど、疲れる日もある。

それでも、たぶん私たちは明日も何かを塗って、何かを信じて暮らす。
ねえ、あなたは今日、何を信じて一日を過ごした?

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