「グラミープラス 効果 なかった」と検索した夜に気づいた、小さな違和感と期待の正体

美しい女性
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「効果なかった」と打ちたくなる夜の、あの感じについて

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帰り道、スーパーで半額シールの貼られたお惣菜をかごに入れて、部屋に着いてからもすぐには電気をつけず、玄関の小さな明かりだけで靴を脱いだ夜がありました。三月の終わりみたいな空気なのに、まだちゃんと春になりきっていない気温で、薄いコートを脱ぐ手つきまで少しだけ中途半端で、そういう日の私はたいてい、なにかをはっきり決めきれずにいます。

その日、小さな出来事がひとつありました。夕飯を温める前にスマホを開いて、なんとなく検索欄に「グラミー プラス 効果 なかっ た」と入れていたことです。

誰かに見られたわけでもないし、別に悪いことをしたわけでもないのに、私は自分のその手つきに少しだけ後ろめたさを感じました。

期待しているふりをして買い物をして、でも心のどこかでは、最初から“効かなかった場合”の逃げ道を探しているみたいで。こういう姑息さって、たぶん誰にも言わないけれど、案外、毎日の中にしれっと混ざっています。

グラミープラスの公式ページを見ると、1日2粒を目安に続けるタイプの健康食品で、エラスチンやシーベリー抽出物、アグアヘ・マカ・カムカムエキス末加工食品、フェヌグリーク種子エキス末、ワイルドヤムエキス末、ピロリン酸第二鉄などが配合されています。

また、公式の利用ガイドでは、これは医薬品ではなく健康食品であり、すべての人に同じ変化をもたらすものではないこと、変化を感じないことを理由にした返品・交換・キャンセルは受けられないことが明記されています。定期コースは初回820円、2回目以降は6,566円の15日分コース、または90日分17,236円のコースが案内されていて、継続前提の商品設計であることも読み取れます。

この情報だけ見ると、すごく冷静な話です。

健康食品だから個人差がある、続ける前提の商品だから即効性を約束するものではない、それだけのこと。なのに私たちは、ときどき商品の情報より先に、自分の生活のほうへ勝手に期待を上乗せしてしまう。

明日から少し気分が変わるかもしれないとか、鏡の前でため息をつく回数が減るかもしれないとか、仕事終わりの冴えない顔にちょっと希望が持てるかもしれないとか。

成分表より先に、そういう曖昧な願いを見ているから、「効果なかった」と検索したくなる夜には、商品の話だけじゃなく、自分の焦りまで混ざるのだと思います。

“効かなかった”より先に、私が確かめたかったこと

その夜の本音を、正直に書くならこうです。もし変わらなかったら、私はまた“ちゃんと選べない人”だったことになる気がして、少し怖かった。

これ、サプリに限った話じゃないんですよね。

新しいノートを買うときも、通勤用の靴を選ぶときも、転職サイトを眺めるときも、誰かと会う約束を入れるときも、私はいつも「これでよかったのかな」を先回りして考えています。

しかも厄介なのは、その不安を真正面から認めるより先に、「効果なかった」「意味なかった」「結局ムダだった」という言葉に変換してしまうことです。そうすると、自分の迷いが、商品やサービスの評価の顔をして出てくる。

もちろん、本当に合わないものはあるし、続けにくいものもあるし、価格と気持ちが見合わないこともある。だから“不満”自体が悪いわけじゃない。

ただ、その感想の中に、自分の生活への苛立ちがどれくらい混ざっているかは、意外と見落としやすい気がします。

私はあの日、検索したあとに妙に静かになったキッチンで、レンジの残り時間が表示される数字をぼんやり見ながら、ああ私、サプリの効果を知りたいというより、自分がもう少しマシな気分で一日を終えられる方法を探してるんだなと思いました。

仕事で気を遣った日ほど、将来のことを考えないふりがうまくなった日ほど、こういう“なにかが変わるかもしれないもの”に、思った以上の役割を背負わせてしまう。

わかる……と、ここで小さくうなずいてくれる人がいたら、たぶん私たちは似た種類の夜を何度か経験している。

検索窓に出るのは、口コミじゃなくて、その日の心だったりする

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たぶん今までの私は、「効果なかった」と検索する自分を、少しだけ性格が悪いみたいに感じていました。期待して買うくせに、悪い情報も先に見たがるなんて、ずるいなって。

でも最近は、あれは性格の問題というより、疲れている人の確認作業に近いのかもしれないと思っています。

ちゃんと期待して傷つくのがしんどいから、先に“だめだった人”を探して安心したい。

自分だけが取り残されるのが嫌だから、同じように拍子抜けした誰かを見つけたい。いい結果の口コミを読むより、うまくいかなかった人の言葉のほうに、なぜか体温を感じる夜がある。あれは意地悪というより、孤独のほうに近い。

それに、同世代の女性って、思っている以上に「すぐ成果が出ないもの」に疲れている気がします。仕事も、貯金も、人間関係も、自分磨きも、全部じわじわ積み上がる系ばかりで、ひとつくらい、目に見えて報われたい。

なのに現実は、ちゃんと寝た翌日ですら顔色が劇的によくなるわけでもないし、少し生活を整えたからといって不安が消えるわけでもない。

だから何かを試すとき、私たちはその商品だけじゃなく、“報われたい気持ち”まで一緒に買ってしまうのだと思います。

ここで厄介なのは、報われたい気持ちが大きいほど、実感できなかったときの落差も大きくなることです。サプリが悪い、私が悪い、という単純な話ではなくて、そもそも背負わせた期待の荷物が重すぎた、ということがある。

そう思うと、「効果なかった」という一言の中には、成分への感想だけじゃなく、その人の数週間ぶんの期待と焦りと生活の乱れが、ぎゅっと詰まっているのかもしれません。

“続けるかやめるか”の前に、自分の雑さに気づいた

あの夜、私はすぐに結論を出しませんでした。合うとか合わないとか、買うとかやめるとか、そういう話の前に、ひとつだけ妙に引っかかったことがあったからです。

それは、私は「変わりたい」と思うときほど、自分の毎日を雑に扱う、ということでした。

何かを変えたい時期って、本当は生活そのものを観察したほうがいいはずなのに、私は逆で、そこを飛ばして結果だけ見にいきがちです。睡眠は足りてるのか、食事は乱れてないか、ストレスで呼吸が浅くなってないか、そういう地味な足場をすっ飛ばして、“これでなんとかなるかも”に寄りかかる。

でも、足場がぐらついたままだと、何を足しても実感がぼやけやすいのは当たり前で、なのに私はその当たり前を何度も忘れます。少し情けないけれど、でもたぶん、忙しい時期の人ってみんな少しそうです。

だから今回のテーマでいちばん書きたかったのは、グラミープラスがいいとか悪いとか、効くとか効かないとか、そういう単純な判定ではありません。

むしろ、「効果なかった」という検索をしたくなる夜には、その商品の前に、自分がどれだけ急いで白黒つけたがっているかが映る、ということです。

公式側も、健康食品であって変化には個人差があること、体質に合わない場合は使用を控えることを案内していますし、医薬品のような一律の結果を前提にしていないのは明確です。

そのうえで、読んでいる人にとって役に立つ具体的な話をするなら、私は“試す前”より“試している最中”の記録のほうが大事だと思いました。

たとえば、飲んだ日数ではなく、その間の睡眠時間や食事、気分の波、出費に対する納得感を小さくメモしておくこと。そうすると、ただ「効果なかった」で終わるより、「私は何を期待しすぎていたのか」「何が続けにくさだったのか」「この出費は今の自分に合っていたのか」が見えやすくなる。

こういう見方って、商品選びだけじゃなく、仕事のやり方や人付き合いにもそのまま使えるので、私は最近、地味だけど案外侮れないと思っています。

劇的に変わるものを探しているときほど、自分の生活の記録なんてまどろっこしく見えるんですけどね。でも、まどろっこしいもののほうが、あとでちゃんと自分を助けることがある。

派手さはないけれど、他人の口コミに振り回されすぎず、自分の判断を少しだけ信じやすくなるからです。

だから今夜の結論は、「効かなかったならダメ」でも、「信じて続ければ報われる」でもありません。たぶんそのどちらも、少し雑です。

私たちは、なにかを試すたびに商品の正解を知りたいようでいて、本当は自分の暮らしとの相性を知りたいのだと思います。そして相性って、たいてい一晩ではわからないし、気持ちが荒れている夜ほど、見えにくい。

もし今日のあなたが、検索窓に“効果なかった”と打ちたくなる側にいるなら、その言葉の中に、商品のことだけじゃなく、最近の自分のしんどさがどれくらい混ざっているかを、ほんの少しだけ見てみてもいいのかもしれません。

そうしたら、買う・やめるの判断とは別に、自分の今の疲れ方が見えてくることがあるから。

それは前向きとは少し違うし、きらきらした答えでもないけれど、暮らしを雑にしないための、地味で確かな手がかりにはなる気がしています。今のあなたが本当に知りたいのは、“効いたかどうか”だけでしょうか。

それとも、その言葉を検索したくなった自分のほうでしょうか。

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